珈琲の味あれこれ

珈琲の味については賛否両論です。

産地の好み焙煎方式の好みは人それぞれあるからです。

各々育った地域、環境が違うのですからそれはごく自然なことです。

専門的な知識は存在しますが、実際味というものに関しては、

何が正しくて何が間違っているということはないのです。

 

例えばその専門知識と専門技術を用いて、

「これが最高の味だ」という珈琲を目の前に差し出されても、

飲んだ人が美味しくないと思うなら、

それは美味しくないということになります。

 

こういう入れ方・飲み方をすると美味しいですよ。と言われても、

そのすすめられた味を好ましく思わないのなら

それはやはりその人にとっては、

残念ながら美味しくないということになるのです。

かたくなかもしれませんが、自分が美味しいものが

美味しいのは自然なことなのです。

そこには専門家も素人もありません。

 

江戸前のそばを食べたある人は言いました。「これは絶品だと」。

しかしこれも地域によって東北地方の人が食べれば

「少し甘味で苦手かな」と感じる人もいるだろうし、

関西地方の人が食べれば「何だかしょっぱくて好みじゃないな」と

感じる人もいることでしょう。

 

珈琲も一緒で、インスタント珈琲でも、

あまり繁盛していないファミリーレストランなどの

飲み放題ドリンクバーの珈琲でも、

その人が美味しいと思うならそれは美味しい珈琲なのです。

酸味があっても、苦くても、香りがどうであっても、

新鮮でもそうでなくても、それがその人にとって美味しい珈琲なのです。

砂糖やミルクの分量が異なっても、あるいは主原料にこだわって

パウダーやオイルをどれくらい入れようと、それがその人にとって美味しければ、

それが絶品、正解の味なのです。

 

人の基本的な味覚の原点は「おふくろの味」が左右するかと思われます。

人間の脳はおよそ20歳くらいで、

脳神経のスバインの成長を止めてしまうそうです。

幼少期から少年期にかけて食べたものが、

その人の基本的な味覚の好き嫌いを生むのです。

これは私たちが生命を維持するためになされる、選択の基本です。

母親は子どもに安全な食を提供したいと思います。

一定の時期その提供された味で安全に育ってきたのですから、

自ずとそれが最も安全な味であるというふうに自覚するのです。

 

極端な言い方をすると、それ以外は危険な味、

馴染めない味になってしまうのです。

つまり、誰かが珈琲ショップを経営している、

専門業者の指導も受けていると言って、産地やブレンド焙煎方式、

抽出法やミルクにこだわって美味しい珈琲を入れても、

それはその人の育った地域や環境によるものであって、

それがそのまま他の人にとって正解の味、

最良の美味しい珈琲ではないということです。